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『長谷部誠が感じた、古巣ヴォルフスブルク戦での異質な感覚』

2019年11月23日、土曜日の午後。フランクフルト市内は静かだった。普段なら試合前の中央駅付近はレプリカユニホーム姿のサポーターが気勢を上げながらトラムへ乗り込んでくるが、今日の彼らはなぜか整然としている。

静かな理由を考えてみる。今回のアイントラハト・フランクフルトの相手はVfLヴォルフスブルク。ドイツ北中部の小都市・ヴォルフスブルクを本拠とするクラブで、彼らのメインスポンサーは同市に大工場を構えるドイツ最大の自動車メーカー・フォルクスワーゲンだ。だが、そのサポーター数は多くないと言われている。確かに街中でヴォルフスブルクのサポーターを見つけるのは難しく、車内はアイントラハトのマフラーを巻いた人々で溢れていた。ただ、普段はうるさいくらいに大声で談笑するアイントラハトサポーターが大人しいのには別の理由があるように思える。

最近のアイントラハトはUEFAヨーロッパリーグ(EL)のスタンダール・リエージュ(ベルギー)戦とブンデスリーガ第11節のフライブルク戦で連敗を喫していた。いずれもアウェーだったが、リエージュ戦は試合終了間際に失点し、フライブルク戦では2人の退場者を出した末に敗れた。特にキャプテンのダビド・アブラームがサイドライン外で敵将のクリスチャン・シュトライヒ監督を倒して相手ベンチと小競り合いが起きるなど、後味の悪い結末が続いていた。

今季序盤のアイントラハトはリーガ、DFBポカール、ELの3大会を並行してこなす中で及第点と言える成績を残していた。しかし11月に入って以降は下降線を描き、リーガでは首位・メンヘングラッドバッハと勝ち点8差の9位、ELのグループリーグではリエージュと同勝ち点ながらも直接対決の成績で上回られて3位に転落と、状況が悪化していた。

アイントラハトのアディ・ヒュッター監督は過密日程の中で試合結果と内容を考慮しながら毎試合ターンオーバーで選手を入れ替えている。それは昨シーズンに主力を固定化した結果、終盤戦でチームコンディションが減退して成績が落ち込んだ苦い経験が加味されているのかもしれない。ただ、ルカ・ヨビッチ(→レアル・マドリー/スペイン)、セバスチャン・アレ(→ウェストハム/イングランド)、アンテ・レビッチ(→インテル/イタリア)の強力3トップが去った今季のチームはチーム戦力の維持に苦慮している現状がある。FWバス・ドスト(←スポルティング/ポルトガル)、FWアンドレ・シウバ(←インテル/イタリア)などを獲得し、MF鎌田大地(←シント・トロイデン/ベルギー)をレンタルバックさせても、昨季のような高い攻撃力を取り戻すのは容易ではない。また、以前から選手層の薄い中盤やバックラインの人材不足も相まってターンオーバーが適切に機能していない。

それでもアイントラハトサポーターは本来、チームの苦境に興ざめするタイプではない。危機に直面したときこそ声を張り上げて後押しする気概を備えているとも思う。しかも今回は国際Aマッチウィークによる約2週間の中断を経ていて、ホームでの開催はバイエルン・ミュンヘンに大勝した11月2日のゲーム以来でもあって反撃の機運が高まっても良かった。それなのに、『コメルツバンク・アレーナ』に着き、多くのサポーターが行き来するスタジアムコンコースへ足を運んでも、彼らの試合への高揚感は伝わってこなかった。

いつもと異なるスタジアムの雰囲気はフライブルク戦で不出場に終わり、2試合ぶりに先発へ復帰した長谷部誠も感じていたという。

「中断明けで少しフワッとした雰囲気。ゲームの中で、もちろんスタジアムの中でも、それを感じた」

いつもならばエンジン全開で相手陣内へ突進するアイントラハトの攻撃陣が、不穏な雰囲気の中で力をセーブしているように見える。左サイドのフィリップ・コスティッチが良い例だ。荒々しいドリブルで敵陣を切り裂く戦闘的な彼が、今日は自陣方向を向いてバックパスする仕草が目立つ。空中戦に優れるドストとゴンサロ・パシエンシアの2トップが相手守備陣から激しいチャージを受けている。右サイドでレギュラー格のダニー・ダ・コスタがターンオーバーで控えに回り、エリック・ドゥルムがその代役を務めていることもチームの攻撃が活性化しない要因になっているのだろうか。ボランチの一角に入るはずのジェルソン・フェルナンデスがフライブルク戦での退場で出場停止だったハンディはジブリル・ソウが穴を埋めていて、セバスティアン・ローデとの中盤形成にさほど問題はないように思える。後方布陣はリベロの長谷部が両脇にマルティン・ヒンターエッガーとエヴァン・エンディカを従えていて不備はない。ただし最後方でゴールマウスを守る29歳のGKフェリックス・ヴィートヴァルトには一抹の不安があった。

ヴィートヴァルトはケヴィン・トラップ、フレデリク・レノウに続く第3GKの立場だ。しかし正GKのトラップは左肩の回旋筋腱板を部分断裂して療養中で、現在は第2GKのレノウがピッチへ立ち、ヴォルフスブルク戦でも彼が先発予想に名を連ねていた。しかし試合開始1時間前に配られたスターティングメンバーリストにレノウの名は無く、ヴィートヴァルトが先発し、控えには34歳のベテランGKヤン・ツィマーマンが入っていた。

ヴィートヴァルトがボールキャッチして前を向いた刹那、長谷部がパスを受けるために動き出す。しかしヴィートヴァルトは前線へパントキックを蹴り込み、それを相手に拾われてチームは再び防御態勢へ移った。空中戦に秀でる最前線でドストとパシエンシアが構えているからハイボールの攻防を経て二次攻撃を仕掛けてもいい。しかしヴォルフスブルクのバックス陣は屈強だ。ジョン・アンソニー・ブルックス、ジェフェリー・ブルマ、マルセル・ティセランの3バックはいずれもハードマーキングが特長で、アイントラハトの2トップに容易にボールコンタクトさせない。単純な縦方向へのフィードでは潰し合いになるだけでゴールチャンスを見出せない状況が続いた。

おそらく長谷部は戦況の困難さを早い段階で察知していた。

「相手は失点の少ないチームで、得点も少ないチームだった。だから、硬い試合になるかなとは、やる前からも感じていた」

 『長谷部誠が感じた、古巣ヴォルフスブルク戦での異質な感覚』

そこで長谷部はフィールドプレーヤーの最後尾で工夫を凝らしたプレー選択を施した。ひとつは相手バックライン背後へのフィード。肉弾戦を発生させるのではなく、相手を背走させるフィードを送り、味方FWに裏のスペースを突かせる。好機を導けなくとも、これで相手バックラインの位置を下げさせることはできる。もうひとつの選択は自らが敵陣へボールを持ち込むこと。フリーポジションでボールを受けた瞬間に縦方向へドリブル。相手が受け持ちマーカーを外して自らへ向かうのを見計らってピンポイントでパスを通す。自己のワンアクションで相手守備陣形に綻びが生じることは歴戦からすでに学び取っている。35歳の長谷部がドイツの舞台で未だに第一線に立つ理由は裏打ちされた経験と、それを生かす思考の成熟さにある。

しかし19分、アイントラハトは痛恨の失点を喫する。相手MFマクシミリアン・アーノルドがミドルシュートを放とうとした瞬間、長谷部はゴール前で構えてコースを消そうとしていた。その横をボールが通過するも、これならば味方GKの守備範囲だ。しかし、そのシュートが相手FWボウト・ベグホルストの頭に当たって軌道が変わり、逆を突かれたGKヴィートヴァルトが倒れ込む中でボールはネットへ収まった。

「1失点目は事故のようなもの」

長谷部はそう振り返ったが、思わぬ失点はチームの動揺を増幅させるきっかけにもなる。前半終了間際に相手DFティセランがパシエンシアに肘打ちして2枚目のイエローカードを受け退場になったことも、アイントラハトを優位にはさせなかった。リードを保つヴォルフスブルクは専守防衛という動機付けを得て、より強固な守備組織を築き上げている。それなのにアイントラハトの攻撃手段は相変わらずサイドからのアバウトなクロス供給の一辺倒だ。

後半開始からピッチに立った鎌田が攻撃パターンの単一化を嘆く。

「今のウチのやり方はクロス攻撃。クロスから、クロスからという感じで、ラフなボールを早めにポンポン入れているので、そういう部分がすごく難しいというか、可能性を感じない」

65分、反撃に転じていた中でヴィートヴァルトが処理を誤って相手MFジョアン・ビクターにボールをさらわれてアイントラハトが2失点目を喫した。考えられないミスにうな垂れたホームチームはその後、さしたる抵抗もできずに敗戦を受け入れた。

ピッチ上では激しい闘志で仲間を鼓舞し、ときに感情を爆発させる長谷部も、試合が終わった後は大抵冷静さを取り戻している。ミックスゾーンへ歩み寄り、かつて在籍したヴォルフスブルクで旧知だったドイツ人記者たちに「マコト!」と声を掛けられると「グーテン」と言葉を返し、言葉を紡ぐ。

「2点目はウチの大きなミス。個人的なフィーリングは悪くはなかったと思うんですけども、チームの勝ちが一番欲しかったので、悔しいというか、苦い感じはします」

『苦い感じ』という言葉に、彼が抱える苦悩を感じた。昨季とは異なり、今はターンオーバーでベンチへ回る機会が増えている。だからこそ、自らがピッチへ立った際は明確な結果が欲しい。チーム成績とチーム内競争は相反しない。だからこそ彼は、その責任を一身に背負ってチームの現状を憂う。

「(ヒュッター監督は)いろいろな選手を使って競争を促している部分もあると思う。結果が出なかったら選手を代えることもする。それでも(アイントラハトは)誰が出てもクオリティはあまり変わらないと思う。それよりも、今日のチームはピッチの上で、説明するのが難しい何かが足りなかったかなと思う」

観衆が足早に去っていく。サポーターは何故、今日の試合を淡々と見つめていたのだろう。リーガで中位に沈み、ELのグループリーグ突破に黄信号が灯る中、数年間続いたチームの好調が陰り、以前のような中堅へ落ち着く様を覚悟しているのか。“祭りの終焉”を粛々と受け入れようとしているのだろうか。

アイントラハトは今季のブンデスリーガのホーム戦で初めて敗北を喫した。

閑散としたトラムに乗り込み座席に腰を据えると、車窓から、宵闇に浮かぶスタジアムの光が滲んで見えた。

Im Frankfurt-第7回(了)