28

Jan

関西大学教授 松下慶太氏が語る「ニューノーマル時代のワーケーション」

コロナ禍を経たニューノーマルの時代には、「定時で働く」のではなく「最適な配分で働く」スタイルが広まっている。こうした中、自宅などからのリモートワークから一歩進めて、旅行先などで仕事の時間をつくる「ワーケーション」にはどのような価値があり、導入する上ではどのような課題があるのだろう? ニューノーマル時代のワーケーションの「あるべき姿」について、関西大学社会学部教授の松下慶太氏に訊いた。

このページのトピック

まずはワークスタイルやワークプレイスについて、どんな研究をされているのか教えてください。

松下私は経営学などではなく、メディアの立場から、働く場所や働き方についての研究をしています。パソコンやスマートフォン、タブレットなどのモバイルメディアによって、私たちの働き方や場所がどう変容するか、もっと言えば、時間と空間がどう編成されるか。それがメインの研究テーマです。今、働き方や働く場所が大きく変わってきていて、コワーキング・スペースやワーケーションなど、新しい働き方・場所もいろいろ生まれています。そうしたものに着目して、例えばデジタルノマドの人や、コワーキング・スペースを利用するフリーランスの人がどのように働いているか調べたりしています。

関西大学 社会学部 メディア専攻教授松下慶太氏関西大学社会学部教授。専門はメディア論、若者論、コミュニケーション・デザイン。近年はコワーキング・スペース、ワーケーションなどモバイルメディア時代におけるワークプレイス・ワークスタイルを研究。

先生ご自身もテレワークをかなり取り入れた働き方をされていますね。

松下私は関西大学に所属していますが、今は東京に住みながら生まれ育った神戸との2拠点生活をしています。「働く場所に近いところに住む」という当たり前とは異なる、オルタナティブな生活はできないかと自分で実験しているんです。もともと旅行が好きだし、以前から海外でワーケーション的にフィールドワークをしてもいたので、趣味と実益を兼ねた研究をしていると言えるかもしれません。

松下氏のワーケーション・スナップ。(左上は奥多摩・右下は奄美大島)

特にワーケーションについてですが、どのような価値を持つものだと考えますか?

松下一番大きいのは「重ねることの価値」でしょう。ノートパソコンなどの“モバイルメディア”を使って、オフィスでない場所、例えばカフェや移動中の飛行機や新幹線で仕事をする、というのは昔からありますが、その場合も、「オフィス以外の場所」と「仕事」を重ねて、通常とはちょっと違った経験をしている訳です。ワーケーションの場合、そこから一歩進めて、自分の身体や気分が快適と感じる場所に、ある意味、その真逆の「仕事」という行為を重ねるわけで、これはいつもと全く違う経験。究極の効率化であり、また、快楽であり、背徳でもあるといいましょうか(笑)。そこから新たなアイデアが生まれる可能性も大きいと思います。

ただ、欧米のデジタルノマドのような人がやっているワーケーションと、日本のワーケーションは少し違う文脈になっているような気もします。欧米だと、フリーランスのワーカーが自分のライフスタイル、ワークスタイルとしてやっているイメージ。それに対して日本の場合、ワーカー個人というより、地域が移住促進や地方活性化の文脈から、また企業は働き方改革や新規ビジネス事業としてやっている側面が強い。そういった意味で、個人のワーカーが置いてきぼりになっている感があります。これは、日本ではまだフリーランスで働くカルチャーが浸透していないことや、ワークフローのデジタル化が遅れていることが原因でしょう。

とはいえ、日本型のワーケーションも必ずしも悪いものではありません。欧米のワーケーションだと、自分たちだけで閉じていて、現地のローカルな人と何の交流しないケースも多い。それに対して、日本型ワーケーションでは現地の人と一緒に何かをやることが重視される傾向にあり、それが企業にとっては昨今盛んに言われている自律型人材の育成、またSDGs、ESG投資、人間主義的経営といったものに近かったりするんです。「日本的ワーケーション」を海外に輸出できるかもしれないとさえ思いますね。

今の時代、ワーケーションの「あるべき姿」とはどのようなものでしょう?

松下まず前提として、ワーケーションとは「ワーカー個人が働きたいように働ける社会を実現するための1つの手段」です。みんながみんな、ワーケーションをすればハッピーになるわけではない。ただし、世の中には週5日オフィスに通勤するのが辛いという人もいるわけで、そういう人も生き生きと働けるようにするための選択肢として確保すべきものだと考えます。

その上で、個人の経験としてのワーケーションのあるべき姿とは、やはり「重ねる経験」ではないかと思います。これまでオフィスでやっていたことをオフィスとは全く異なる環境でやってみる、あるいは地域の社会活動に参加してみる。従来のワークライフバランスのように「仕事か休みか」ではなく「仕事でもあり休みでもある」。その「重ねる経験」から、イノベーションやクリエイティビティにつなげていくのがあるべき姿でしょう。

関西大学教授 松下慶太氏が語る「ニューノーマル時代のワーケーション」

逆に、そういうことと関係なく、単に「違う場所で働くことで生産性を上げてこい」と命令されてやるワーケーションは厳しい。結果的に生産性が上がった、というのならいいですが、生産性を上げるのをワーケーションの目的にするべきではない。ワーケーションで生産性は高まらなくてもいい、生産性を下げずにワーカーの健康や幸福が高まるなら歓迎すべき働き方だ、というのが私の考えです。

企業、あるいはワーカー個人がワーケーションを導入する上で、課題はどんなところにあるでしょう?

松下1つは「企業のワークフロー」です。現在の企業のワークフローは、ワーカーが週に5回、オフィスに来ることが前提のワークフローになっています。GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazonの米国大手IT企業4社)をはじめ、欧米企業ではオフィス勤務とリモートワークを組み合わせる「ハイブリッドワーク」がデファクト・スタンダードになりつつあり、ワークフローもそれを前提としたものになりつつありますが、日本はまだそこまで進んでいません。そこをどう整えていくかですね。

もう1つの課題は、「ワーケーションをする人の属性」です。単純に、独身の人はワーケーションをしやすいですよね? しかし子どもがいると、学校教育がハイブリッドスタイルになっていませんから、親子ワーケーションというのも長期間ではやりづらい。ワーケーションができる職業、できない職業というのもあります。例えばお医者さんや美容師さん、ネイリストさんのような、現場で患者や顧客と対面しなくてはできない職業だと当然、ワーケーションはできません。

ただし、この「職業の属性」によりワーケーションができないという課題は、中長期的には解消されると私は見ています。今はみんな週5日オフィスで働くことを前提に職業を選択していますが、近い将来にはむしろ、「自分はこういう働き方がしたい」と、ワークスタイルを基準に職業を選択するようになると考えるからです。ワーケーションがしたい人はそれができる職業に就く訳です。そうなると、将来、自分がどんなスタイルで働きたいかを、子どもの頃からいろいろなことを試して考えることが求められるでしょうね。またAIやロボットなどが普及していくと自動化、オンライン化される仕事も多くなり、リモートワークがしやすくなることも予想されます。

ワーケーションを価値あるものにするために、企業や個人はどのようなアプローチをするべきでしょう?

松下私は、ワーカー、企業、地域の「三方良し」のワーケーションが理想と考えています。日本において、2020年のワーケーションは、コロナ禍によって落ち込んだ観光需要をどうにかしようという、地域目線の、いわば「ワーケーション1.0」とでも呼ぶべきものだったと思います。これを2021年以降は「ワーケーション2.0」にアップデートしなくてはならない。そこでキーワードになるのが「三方良し」です。

観光の代替としてのワーケーションだと、ワーカーはあくまで地域にお金を落としてくれる「消費者」でしかない。「地域の祭りに参加しませんか?」といっても、その理由が「人手が足りないから」だったら、単なるワーカーからの労働力の搾取でしかありません。これでは地域が一方的に利益を得るだけです。

それを「三方良し」の「ワーケーション2.0」にアップデートするために、私は「3つのS」を提唱しています。「Story(共感)」、「Stimulation(刺激)」、「Sustainable(持続性)」です。

例えば、ワーケーションで地域の祭りを手伝ったり、地域の課題の解決に取り組んだりするのはいいのですが、「なぜそこでそれをやるのか」という共感できる「ストーリー」が欲しい。「人手が足りないから」では「じゃあやりましょう」とはなかなかならない。必然性というか、「ならばしたほうがいい」「ぜひしたい」という共感を呼ぶストーリーを構築することが不可欠です。

2つ目に、企業の「良し」を考えたら、「それがビジネスにどのような『刺激』をもたらすのか?」という視点も大切です。「日本の企業が抱えている課題としてこういうことがあり、ここでこういうワーケーションをすることでその課題にこう効いてくる」と地域も提案することが必要。これが今、地域に一番足りていないことだと思います。

3つ目が持続性です。今はワーケーションに関わる補助金も多くあります。しかし、長い目で考えたら、きちんとビジネスとして採算が取れるものにしないと続きません。また、頑張っている人が疲れて終わりとなるようなものだったら、これまた長続きしない。持続させていく上では、ワーカー、企業、地域どこかに負担が偏らないようにすることが大事です。

和歌山県白浜町は、ワーケーションで様々な取り組みを行い、成功している地域として知られています。理由として、サテライトオフィスが早くから集積していたことや、空港が市街から近いこと、観光資源が整っていることなどが挙げられることが多いですが、それだけなら他の地域にも同じようなところがある。それよりむしろ、この「3つのS」をきちんと満たしていることが大きいと考えます。

例えば、ワーケーションの一環として熊野古道の補修に携わることについても、単に「手伝って」ではなく、「世界遺産の補修に携わることによる非日常性が普段のビジネスにも良い効果をもたらす」といったように、共感できるストーリーがある。また、地域のビジネス関係者と交流することで自分がこれまで仕事をする中で培ってきた能力や経験を「重ね合わせて」発揮できる環境やきっかけも積極的に提供している。参考になることは多いと思いますね。