04

Apr

ノムさんの勘違いだった「カツ丼事件」…記者コラム「伝説には残らない野村番ノート」(4)

京都・峰山高時代、野村克也さんの専攻は化学だった。

「工業科でな。男しかおらん。H2Oとか、バケガクをやってたよ」

だからだろうか。捕手には「さっきの1球の根拠は何や」と理詰めで迫る場面が多く見られた。

現役時代、飛躍したきっかけは大リーガー、テッド・ウィリアムズの著書「バッティングの科学」を読んだこと。指揮官としてはスコアラーを強化し、データを重視したID野球で野球界の常識を大きく変えた。

そんなエビデンスを大事にする知将が、らしくない失態を演じた夜があった。

語り継がれない珍騒動「カツ丼事件」である―。

* * * *

監督最終年の2009年8月22日、仙台でのオリックス戦。「成績にかかわらず今季限りで勇退」が既定路線だった野村監督率いるイーグルスは快進撃を見せていた。前夜は20歳の剛腕・田中将大が11勝目を挙げ、今季初の6連勝。3位を死守し、シーズン後半戦では球団創設5年目で初となる貯金生活に突入。球団史上初のCS進出なるかに杜の都は沸き立っていた。

7連勝を託されてマウンドに上がったのはドラフト1位左腕・藤原紘通だった。左肩の炎症で開幕1軍はならなかったが、交流戦でプロ初登板。8月5日のオリックス戦では9回を1安打無失点、打者27人の準完全試合でプロ入り初勝利を挙げたばかり。先発不足に悩む野村楽天に現れた“孝行息子”だった。

しかし、この日は精彩を欠いた。4回には3連続四球で自滅し、6安打5四死球で5失点KO。四球を嫌う野村さんからは試合中、ベンチで初めて“公開説教”を受けた。ゲームは0-10で完敗。終盤、デスクに報告すると「6連勝中、お前はたっぷり書いていたからな。きょうは15行でいいよ」と言われた。気が緩む中、会見場に走った。

そこで放たれた野村さんの第一声は、全く予想できない内容だった。

* * * *

「きょうは試合前から、嫌な予感がしていた。藤原が先発なのに試合前の食堂で、カツ丼を腹いっぱい食っていたんだ」

???

先発投手の食事は消化のしやすさとエネルギー源になることが最優先で、炭水化物を中心に腹八分目が基本。カツ丼をむさぼり食うことは考えられない。

私は失礼を承知で聞いた。カントク、本当に藤原はカツ丼を食べていたんですか?(こうして字にしてみると、我ながらどうかしている質問だ。もちろん真顔で)

老将はうなずいた。

「血液がみんなそっちに行っちゃう。コンディション管理ができない。打たれるのも当然だよ」

野村さんは怒り心頭のまま、会見場を引き揚げた。私たちはノートパソコンを片手に関係者駐車場へと走った。

チーム内の証言が、ほしい。

* * * *

22時半。佐藤義則投手コーチが出てきた。苦笑しながら、言った。

「カツ丼なんて食べないよ。藤原と顔が似ているヤツだ」

ノムさんの勘違いだった「カツ丼事件」…記者コラム「伝説には残らない野村番ノート」(4)

やはり勘違いか。そりゃそうだよなあ。

直後、藤原が現れた。

「実は食べてませんが、しょうがないです…」

今なら監督会見の直後、ツイッターで拡散し、大騒動となったことだろう。しかし当時、野球記者の主戦場はあくまで翌日に発行される紙面だった。この日は他にもスポーツイベントが盛りだくさんで、「カツ丼事件」は新聞の片隅にちょろりと報じられただけだった。

藤原はこのシーズン、その後もローテに定着。5勝4敗でチームの2位躍進、CS進出に貢献した。

* * * *

あの夜の野村さんを笑うのは簡単だ。

しかし11年が経った今、思う。

監督として通算1565勝1563敗76分け。勝率は「.5003」。勝敗の差はわずか「2」しかない。

1563敗はプロ野球史上、最も負けた監督でもある。

南海、ヤクルト、阪神、楽天の4球団で監督を務めたが、就任する前年の順位はヤクルトの4位以外、すべて最下位だった。

江戸時代の剣術の達人、松浦静山の剣術書「剣談」から引用し、口癖のように言った。

「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」

敗戦には必ず原因がある。「単なる1敗」にせず、必ずそこから“何か”を見いだす。

6連勝で止まったあの夜も、「連敗はいつかは止まるから」「明日また頑張ります」といった定型文で済ませることなく、敗因を追究して怒りをにじませた。

その積み重ねが「1563」。

くそったれ。次こそは。そして歴代5位の「1565勝」という大仕事を成し遂げた。

当時、野村さんは74歳。しかし、目の前の白星に執念を見せ続ける“勝負の鬼”のままだった。

* * * *

あの頃、福岡へ遠征すると、試合前の野村さんはベンチで打撃練習を見守りながら、必ず歌を口ずさんだ。曲はパ・リーグの連盟歌「白いボールのファンタジー」。ヤフードームのスコアボードの画面に映る歌詞を追いながら、丁寧にこう歌った。

「いつもいつでも手に汗握り 心を燃やすひととき求め」

手に汗握り、心を燃やし続けた勝負の日々。“うっかりミス”は褒められたことではないけれども、「カツ丼事件」からは勝利に魂を燃やし続けた男の息吹が聞こえてくる。

私には忘れられない「1/1563」である。

ちなみに試合前、藤原が食べたのはクリームパスタとサラダ。ノムさんが藤原と見間違えたスタッフが食べていたのは、ソースカツ丼だったそうです。(加藤 弘士)

◆加藤 弘士 1974年4月7日、水戸市出身。水戸一高、慶大法学部を経て97年に報知新聞社入社。03年から野球担当。アマ野球、巨人、楽天、日本ハム、西武を取材。14年から野球デスク。計17年野球報道に従事し、今年3月からデジタル編集デスク。